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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)10958号 判決

原告 株式会社ジャックス

右代表者代表取締役 河村友三

右代理人支配人 荻間博義

右訴訟代理人弁護士 武藤一駿

右訴訟復代理人弁護士 楠忠義

被告 勝又義政

右訴訟代理人弁護士 鈴木義広

主文

一、被告は、原告に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和五六年九月一日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨の判決並びに仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 仮執行免脱宣言。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、昭和五六年三月五日、同人所有の居宅に附設するためのベランダ工事一式を訴外三和住宅設備株式会社(以下、「訴外会社」という。)に対し、代金四〇万円で注文し、訴外会社がこれを引き受けた(以下、「本件請負契約」という。)として、右同日、原告に対し、被告の訴外会社に対する右代金債務の立替払いを委任し、原、被告間において次のとおりの契約を締結した(以下、「本件立替払契約」という。)。

(一)  原告は、本件立替払契約締結後すみやかに右代金債務を被告に代わって訴外会社に支払う。

(二)  被告は、右立替金を原告に対し昭和五六年八月末日限り一括して支払う。

(三)  遅延損害金は、年二九・二パーセントとする。

2. 原告は、昭和五六年三月一〇日、本件立替払契約に基づいて四〇万円を訴外会社に支払った。

よって原告は被告に対し、本件立替払契約に基づき、右立替金四〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五六年九月一日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による約定の遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は否認する。

2. 同2の事実は知らない。

三、抗弁

1. 本件に至る経過

原告と訴外会社とは、従来から相互に信頼し合い、訴外会社において第三者の建築設備注文者を物色し、右三者間において本件請負契約並びに本件立替払契約の如きクレジット契約を締結して本件同様の取引をしてきており、原告はこれらと同様の約定を印刷した書面等を訴外会社にあらかじめ交付し、訴外会社は、物色した建築設備注文者の信用等を調査し、適当と認めた場合には右書面に必要事項を記入し、契約文書として完成してその注文者を原告に通報し、原告はこれにより契約番号を定め訴外会社にその旨通知することによって、右三者間でクレジット契約が成立したものとして、その取引をしてきていたところ、訴外会社従業員井上三郎(以下、「井上」という。)は、昭和五六年二月二二日、突如被告方を訪問し、被告の妻に対し、被告の住宅にアルミニューム製のテラスを設備することを勧誘し、同人をして被告の代理人として、テラス工事を二〇万円にて契約の申込をなさしめるとともに、訴外会社はその旨原告に通報して、原、被告間において、本件同様の立替払契約を成立せしめた(以下、「本件前契約」という。)。その後の同月二六日頃、被告は、訴外会社の右井上に対し、右テラス工事の角柱二本の予定のものをアルミニューム製丸柱三本に変更する場合の費用について電話で問い合わせたところ、同人は、「本来は一万五〇〇〇円であるが、原告からそのテラス工事とは別に、四〇万円でベランダ工事を注文したかという照会があった場合は、はい、と答えてもらえばその費用は無料とする。」という旨の電話があり、その三〇分位の後に原告から、井上が話していたような内容の電話照会があったので、被告はこれに対し、「はい」と返事したものである。

2. 心裡留保

右のとおり、被告が原告からの照会に対し、「はい。」と返事をしたのは、さして深い考えもなく、訴外会社が単に原告に対して仕事を取ったことを誇示するためであろう位に考えてなしたものであり、結局、被告においては、本件立替払契約の申込をする意思がなかったにも拘らず、原告に対してその旨の意思表示をしたものであり、原告は右事情を知り又は知りうべきであった。

3. 訴外会社の工事不履行に基づく本件請求権の不発生

仮に、右主張が認められないとしても、原、被告及び訴外会社の三者間においては、「購入商品は、契約成立後、表記の引渡し期限までに訴外会社より被告に引渡される。被告は、購入商品代金の残金に分割払手数料を加算した金額を表記支払方法により支払期日までに原告に支払う。購入商品の所有権は、原告が訴外会社に立替払いしたことにより訴外会社から原告に移転し、立替払代金完済まで原告にあることを認める。」旨が約定されているところ、右は、訴外会社はまず本件のベランダ工事を完成し、その完成後、原告は訴外会社に工事代金等の立替払いをしたうえで、その立替金を被告に対して請求しうる旨を定めているものと解されるべきである。しかるに、訴外会社はいまだ右ベランダ工事をしていない。

4. 権利の濫用等

仮に、右主張も認められないとしても、前記のとおり、原告と訴外会社とは密接な関係にあるとともに、本件の如き契約にあたっては専門家的な立場にあるにも拘らず、原告は、訴外会社が被告名義の本件立替払契約の申込書を偽造していたことも気付かずに、右契約の成立を認めて訴外会社に立替払をなし、他方、被告は、かかる契約の仕組みについては不案内であるところ、訴外会社の社員の甘言に乗ぜられて、原告の電話照会に対して前記のとおり軽い気持ちで、しかも、契約書の作成に応じなければ、契約をしたことにもならないし、原告にも格別迷惑はかけないと思って「はい。」と返事をしたにすぎず、かかる返事をしたことのみをもって、ベランダ工事がなされる等の利益も得ていない被告に対し、かかる事情を知りながら、訴外会社が倒産したが故に、原告が訴外会社に対して支払った右立替払金の請求をすることは、正義公平にもとり、公序良俗及び信義則に反し、若くは権利濫用に該当するというべきである。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はすべてこれを争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因について

1. 請求原因1の事実について

成立に争いのない甲第三、第四号証の一、二、右甲第四号証の一の被告名下の印影との対照によって同人名下の印影が同人の印章によるものであることが認められ、従って、反証がない限りは、右押印が同人の意思によるものであることが推認され、よって、その全体が真正に成立したと推定されるべき甲第一号証の一、二及び乙第三号証の二、三(右反証としての被告本人の供述は、同供述によれば右甲第四号証の一の被告名義の記名は同人の妻が被告を代理してなしたものとするところ、右各書証における被告名義の記名の筆蹟と酷似することなどに照らしてもにわかには措信し難く、よって、全体が真正に成立したものと推認すべきである。但し、乙第三号証の二の「キャンセル」とめる部分を除く。)、証人熊澤勝美の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証及び第五号証の各一、二並びに同証言、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一、二号証及び同結果部分を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する被告本人の供述部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  一般に、原告が取扱っているクレジット契約の成立手順は、まず顧客から原告の加盟店に対して、売買契約や請負契約等の契約の申込がなされると同時に、原告に対して本件同様の立替払契約の申込をしてくれるよう依頼がなされ、次いで加盟店は原告に対し、顧客の住所・氏名等及び取引契約の内容・立替払金の支払方法等を電話で連絡し、顧客を代理して立替払契約の申込をする。右申込を受けた原告は、右顧客の信用状態を調査するとともに、顧客に立替払契約締結の意思につき契約内容等についても説明したうえで確認の電話を入れ、右確認が完了した後、原告において顧客の立替払契約の申込みを承諾するか否かを決定し、ここに契約が成立すると原告は、加盟店に対してその旨を回答し、原告の契約承認番号を加盟店に伝達し、加盟店は右番号を契約書に記入の上、原告へ送付する。その後、原告は立替金を支払うというもので、本件立替払契約においてもこれと同様の手順を踏んだものであること。

(二)  被告は、本件立替払契約以前にも、被告の居宅にテラス工事をすべく、訴外会社に右工事の注文をすると同時に、原告に対して全く本件立替払契約と同様の手順によって、右と同様の内容の本件前契約を締結していた経過があり、従って、被告は、クレジット契約の仕組み等については十分承知をしていたものであると解せられるところ、その後、右テラス工事において使用することを予定していた角柱二本をアルミニューム製の丸柱三本に変更しようとして訴外会社に相談したところ、昭和五六年三月五日、同社の井上より、右丸柱三本、一万五〇〇〇円分を無料にするので、原告から、被告がベランダ工事を訴外会社に代金四〇万円で注文したか否かの確認の電話があった場合には、これに「はい」と返答してくれるよう電話で依頼があったため、訴外会社より右テラス工事自体についても値引きをして貰っているうえ、さらに右工事についてのアルミニューム製の丸柱分を無料にして貰えることに恩義を感じて、その後の結果についてはあまり深く考えることなく、井上の要請に応じることとし、右の電話以前に訴外会社から被告を代理する形で甲第一号証の一、二及び乙第三号証の二、三記載のような内容の本件立替払契約の申入れを受けていた原告からの右申込の意思の確認の電話に対し、右注文の事実を肯認する旨の事実に反する回答をなし、右によって被告の意思を確認した原告は、同日、被告の本件立替払契約の申込を承諾することとしたこと。

右に認定したところの原告が被告に対してなした、本件立替払契約締結の意思の確認に対し、被告がこれを首肯したとの事実は、訴外会社が被告を無権代理する形で原告に対してなしていた本件立替払契約の申込みの意思を追認し、もしくは再度の申込みをなしたものと解されるべきで、これを承諾した原告との間には請求原因1、(一)ないし(三)を内容とする本件立替払契約が有効に成立したものというべきである。

なお、被告と訴外会社の間には、右のとおり本件請負契約に相当する契約の成立を認めることはできないものであるが、本件立替払契約と本件請負契約とは本来別個の契約であり、右契約の成否が本件立替払契約の成否の認定にあたって、直接影響を与えるものではない。

よって、請求原因1の事実をすべて認めることができる。

2. 請求原因2について

証人熊澤勝美の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一によれば、請求原因2の事実を認めることができ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

二、抗弁について

1. 心裡留保の主張について

前記一認定の事実によれば、被告がなした本件立替払契約の申込の意思表示は、被告の真意には非ざるものというべきであるが、他方、本件全証拠によるも、原告が、被告の右意思表示を受領した時点において右の被告の真意を知り又は知りうべかりしであったとの事実を認めることはできず、右主張は理由がない。

2. 訴外会社の工事不履行に基づく本件請求権不発生の主張について

被告主張の如き、原、被告及び訴外会社間の契約の存在を前提にしたとしても、右契約内容からは、直ちには原告の被告に対する立替払金の請求権の発生が、訴外会社が被告から請負ったベランダ工事の完成を条件としているものとは解せられないうえ、先に説示したとおり、本来、訴外会社と被告との間のベランダ工事の請負契約と本件立替払契約とは別個の契約であって、前者の契約の成否並びにその履行・不履行の事実が、直ちには後者の成否に影響を及ぼすものではなく、この点についての被告の主張も失当である。

3. 権利の濫用等の主張について

被告は、その真意に反して、原告に対して本件立替払契約の申込をなしたものであり、かかる意思表示をするについてはその後の結果について思いを至すことなく、軽い気持ちでなしたものであるとするが、しかし、前記一認定のとおり、被告は本件前契約の締結によりクレジット契約の内容やその仕組みについては十分に承知していたものであり、従って、本件の如き架空の立替払契約の申込をなせば、原告においてこれを履践し、その結果、原告が損害を被る結果となるであろうことは容易に思い至るところであると考えられる一方、被告がかかる意思表示をなすようにとの井上の要請を受けた動機のうちには、かかる意思表示をすることによって本件前契約にかかるテラスの柱についての代金を値引きして貰えるとの少なからざる期待も存したものであろうことが推認され、かかる事情を前提とするとき、原告が本件請負契約の存在を信じ、本件立替払契約に基づいて、訴外会社に対して支払った金員を被告に対して請求し得べきものとするのは当然のことであり、被告のこれが権利の濫用に該る等の主張もすべて理由がないものというべきである。

よって、抗弁はすべて理由がない。

三、結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、適用し、仮執行の宣言については不相当であるのでこれを付さないこととし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 梅津和宏)

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